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切れなかった赤い糸(乳がんで亡くなったいとこのお話)

前にいとこが乳がんで亡くなった話をちらっとしましたよね。

もう10年くらい前の話です。

いとこのMちゃんは3人姉妹の長女でした。すごく美人で、いとこである私さえうっとり

見とれてしまうような女性でした。

そのMちゃんは乳がんで28歳の若さでこの世を去りました。

その時の悲しいけど、心温まる、ちょっと信じられないお話です。

 

私が20歳くらいのころ、母から「Mちゃんが乳がんらしい」という話を聞かされました。

Mちゃんは自分で乳房にしこりがあることに気づいて、医学書なんかを買って読んで

いたようでした。病院に行ったころにはもうだいぶん進行していたんだと思います。

先生からは、当然手術をすることをすすめられたんだと思うけどMちゃんは、

「乳房は女のシンボルだ」とかなんとか言って手術をこばんでいたようでした。

最終的に手術にしたのかどうかはわからないけど転移はどんどん進んでいたんだと

思います。

私が一度だけ病院にお見舞いに行った時、昼間なのにカーテンを閉め切った部屋に

居て、「光とかね、音が痛いんよ・・」と言っていました。 

それでも体調はよくなったりするときもあって、入退院を繰り返していました。

退院した時はその当時付き合っていた彼Tさんと、残された少しの人生を楽しむかの

ように海外旅行なんかに頻繁に行っていました。モルディブの海が大好きで何度も

何度も飽きることなく行っていました。

Mちゃんは自分はもうすぐ死ぬんだということをわかっていました。

でも悲しんだり、嘆いたりすることは一切しない人でした。

「十分生きたし、楽しんだ」という考え方を持った人でした。

、私はもうすぐ死ぬんだから・・とたくさん持っていたブランド物を友達に振り分けたり、

「私が死んだあとの私のお金はこういう風に使って」とか、「お棺の中にはこれを入れて」

とか、身の周りの近辺整理をして、『死』に向けての準備を着々とやっていました。

本当に強い人でした。

そんな強いMちゃんでしたがひとつだけどうしても解決できない悩みがあったようです。

その当時ずっと付き合っていた彼Tさんのことでした。

自分が死んだ後のTさんの人生をすごく心配していました。

自分が彼の子供を生んであげられなかったこと、彼が今後誰かと恋愛して幸せに

生きていくことができるか・・・Tさんの人生だけを心配していました。

Tさんをこの世に一人残していくことが一番の心残りだったようでした。

Mちゃんは自分の妹に「Tさんと結婚して彼の子供を生んであげて」と、真剣に

頼んだりもしていたようです。そのくらいずっとTさんのことを気にかけているようでした。

一時はもう治っちゃったのかな?と思わせるほどいろいろと旅行に出かける日々が

あったりしたけど、でもガンは確実にMちゃんの体の中で進行していたようでした。

退院もできなくなり、最後のほうは自宅にベットを買い取って自宅療法になって

いました。この頃はもう「最後は自宅で・・・」という感じになっていたんだと思います。

全然動けなくなってからのお世話はTさんがやっていたようでした。MちゃんもTさんを

頼りにして彼だけに下の世話をしてもらったり、とても信頼してました。

 

そして、その時はやってきました。

Mちゃん、28歳、他界。

 

葬儀の時ちゃんとMちゃんにお願いされたものたちを家族がちゃんとお棺の中に入れて

いました。まだ結婚はしていなかったけど彼ももうMちゃんの家族とは「家族同様」の

存在だったので、通夜にも葬儀にも家族として出席していました。

みんな涙している中、不思議とTさんは泣いていませんでした。

まだ実感がないのかな?側らで私はそう感じていました。

葬儀も終わり、

そして何事もなく、初七日を迎えました。

私はMちゃんとは遠いところに住んでいたので初七日には出席しませんでしたが

Tさんはちゃんと出席していたようでした。

そして初七日の次の日、母から私に電話がありました。

耳を疑うしかありませんでした。

「Tさんがね、Tさんが・・・亡くなったんよ」

自殺?!そう思うしかありませんでした。そう思ったほうが自然だったから。

その訃報を聞いた時、「なぜ?なぜ?」と、私はMちゃんが亡くなった時以上に

涙がでました。

 

初七日が無事終わり、初七日に出席していた彼、Tさんは

「明日片付けの手伝いにきます」そう言って帰ったそうです。

でも次の日、いくら待ってもTさんはこなかったそうです。

心配したMちゃんの家族はTさんの自宅に電話をしてみました。

アパートでひとり暮らしをしていたTさんですが誰も電話にはでない。

家族に不安がよぎってアパートまで行ったそうです。

アパートは鍵がかかっていました。でも車はある・・・・・・

いやな予感がした家族は大家さんに連絡をして合鍵で鍵をあけてもらった

そうです。

するとそこには・・・

布団の中で眠るように亡くなっているTさん。

誰もが自殺だと思いました。

 

その後、死亡解剖が行われてTさんの死因は心臓発作、心不全・・・ 

とにかく自殺でないことがわかりました。

Mちゃんの初七日を無事終えて、今度はTさんの葬儀という結末になってしました。

初七日の晩に布団の中で突然息を引取ったTさん。

至って健康で悪いとこなどありませんでした。

MちゃんはやはりTさんを一人残して逝くことができずに初七日の夜、

Tさんの枕元に立った・・・・?

そう思うしかありませんでした。

Tさんが葬儀で泣いていなかったのはこうなることがわかっていたから??

こんなことが現実に起きるのかと、とても衝撃的でした。

このような結果になって、みんな「これでよかったのかもしれない」と思いました。

Tさん、本当にMちゃんがいない人生はありえなかったのかもしれないです。

2人はやっぱり離れられなかったんだ。そう思いました。

 

Mちゃんが亡くなる前、家族にお願いしていたことがもうひとつだけありました。

「自分が死んだ後、遺骨を沖縄の海にまいてほしい」

海が大好きだったMちゃんからの最後のお願いでした。

その約束を果たすため妹たちが計画していた沖縄旅行にはTさんも同行する予定

でした。でもこんな結果になってしまったので沖縄旅行には妹たちだけで行き、

Mちゃんの遺骨と、Tさんの遺骨を一緒に持っていきました。

そして2人は最後の最後まで離れることなく、海に消えていきました。

 

Mちゃんが亡くなってもう10年以上が過ぎました。

私ももうMちゃんが亡くなった28歳を越えました。Mちゃんは私の中でもまだ

28歳、とても美しい存在です。

思い出すと切ないけど、でも本当に心が温まります。

今でもきっと2人は幸せそうに手をつないで・・・

そう思えるんです。

 

愛とか、絆とかいうものは絶対に壊れることのないものがあるんだということを

私は知りました。

命の長さにかかわらず、それを見つけた人というのは本当に幸せなんだと思います。

だからMちゃんも悔いのない、最高の人生だったはず。

 

ちょっとしんみりとしてしまうお話でしたがみんなに知ってもらいたいと思う

出来事だったので書きました。

読んだ人が何か感じてくれたらいいなと思います。

そして身近にある「大切なもの」を忘れずにi今を生きてほしい。そう思います。

 

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ハッコさん♪

ハッコさん。お返事遅くなってすいません~~。
ハッコさんのおばさんも33歳で亡くなられたんですね。
20代とか30代の今も死に直面するって身近に考えることってあまりないですよね。今のこの歳で死んじゃうとか。。
でも実際にたくさんの人が若くして命を落としていると思うと、
こんな当たり前の日常がすごく幸せなことなんだと考えされられました。
ハッコさんのおばさんも私のいとこも短かった人生だけど
きっと毎日をかみしめて一生懸命生きたんでしょうね。
なんだかじ~んとしました。
ハッコさんのブログのタイトルそのものですね。
「楽しい日々を」大事に大事に生きたいものです。

投稿: eri(ハッコさんへ) | 2008年2月 4日 (月) 10時19分

わたしのおばさんは、33歳で乳がんで亡くなりました。
わたしが今、その33歳。なんだか、この一年はわたしにとって、特別な一年だったように思います。
わたしのおばさんは、2度結婚し、そして離婚し、三度目にようやく運命の人に出会ったと思うと発病し、亡くなってしまいました。
わたしがまだ小さかった頃なので、すごくおぼろげなのですが、お葬式のときに白いきれいなドレスを着て眠っているおばちゃんをみて、なぜみんな泣いているのか、そしてこの妙に冷たい空気はなんなのか、考えたことを思い出しました。

eriさんのいとこの方も、うちのおばさんも、短かったけれど、日々を大切に生きていて、その証はこころに残っていますよね。
おばさんが、手帳に「今、この一瞬一瞬を大切に生きたい」と書き残していました。
その言葉、わたしもいつも胸にあります。

長くなってしまってごめんなさい。大切なものを見失わずに、今を大切にしたいですね。

投稿: ハッコ | 2008年1月30日 (水) 21時07分

ゆさん♪

こんなことがあるんですね~。
いつもなにげな~く暮らしてるけど生きていられることって
幸せなんだな~って感じた出来事でした。
2人はきっと今でも寄り添ってるんでしょうね。


投稿: eri(ゆさんへ) | 2008年1月30日 (水) 13時38分

mikiさん♪


mikiさん、こんにちは♪
何気ない暮らしがすごく大事なものなんだなって感じる出来事
でした。
毎日を噛み締めていきたいですよね。
きっと2人は天国で幸せにしていると思います。

投稿: eri(mikiさんへ) | 2008年1月30日 (水) 13時30分

不思議なお話ですが、本当にあったお話なんですよね。
忘れがちですが、身近にある大切なものを忘れずに、生きていこうと思います。

投稿: ゆ | 2008年1月30日 (水) 01時26分

すごいお話ですね。
じーんときました。
毎日の生活を当たり前のように送っていますが、それってすごいことなんだな、当たり前の毎日に感謝しなくっちゃって思いました。

MさんとTさんが天国で仲良く暮らしている様子が浮かんできます。

eriさん、素敵なお話をどうもありがとうございました。

投稿: miki | 2008年1月29日 (火) 12時01分

muccaちゃん♪

お!コメントありがとう~。
そこまで思える人がいるってすごい幸せよね。
きっと2人は一番強い絆とか愛で結ばれてた時期だったと
思うんよ~。こういう時にこの世を去らなければいけなかった
Mちゃんほんとにつらかったんだろうな。
だからこんな結果に?!
でももし自分が今死んだら家族には元気に生きてほしいよね。
やっぱ人って結局は自分よりもヒトの幸せを願ってるのかも
しれんね~~~。なんだかすごいね。

投稿: eri(muccaちゃんへ) | 2008年1月29日 (火) 10時29分

marippeさん♪

marippeさんも大変だったようですね。。
長い間お休みされてたみたいなんで心配してたんです。
戻ってこられてあまりいつもとかわらないようでちょっと
安心してます。
痛みや、辛さから開放される…って本当にそうかもしれませんね。本人にとってはそれが望む道の場合も多くある気がします。
死ってなんなのかなぁって私も時々思います。
家族と離れ離れになることは間違いないですよね。今う~んと
大事にしながら過ごしたいです。

投稿: eri(marippeさんへ) | 2008年1月29日 (火) 10時22分

それほどまでに愛せる人に出会えて幸せだったね。
そしてあの世でもまた一緒にいるんだろうか?
なんか悲しい話なのに幸福感のあるような・・
頭がポーッとしちゃう・・・

>MちゃんもTさんを頼りにして彼だけに下の世話を
してもらったり、とても信頼してました。

ここのお話だけでいかに二人が“他人”でなかったかがわかるなぁ。
すごく強い結びつき。他人であって他人でない。
まさにタイトルどおりの「切れなかった赤い糸」

世の中不思議なことってあるもんなんだね。


投稿: mucca | 2008年1月28日 (月) 14時58分

鳥肌が立ちますね・・・
きっと、それが、”運命”って物なんでしょうね!
私も、不思議と、祖父の死に冷静で、涙もほとんど流しませんでした。
祖父が、痛みや、辛さから、解放されたって感じるし、すっごく身近に思えるんです。
最近、”死”ってどうなるんだろう?って時々考えてしまいます。
きっと、一生、答えは出ないまま、自分の番になって、なんだ~こんなもんか~なんて思っちゃう自分がいそうで・・・
沢山、逢いたい、待っててくれる人たちに出迎えられるといいなあって思うんですよね!

投稿: marippe | 2008年1月27日 (日) 16時45分

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